【SS】キミとボク

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(約2000字、4分)
昔馴染みのキミに、今もまだ振り回されるボク。
恋人ではないけれど、男女でもこういう友情の形があってもいいのになぁ。そんな想いから書いてみたお話です。恋愛を越えた先の「愛情」かも分かりませんが。

初稿:2007.06.23


【キミとボク】
久しぶりに聞いた旧友の声は、受話器を耳に当てずともハッキリ聞こえた。
『明日、デートしよう! 朝10時に坂ノ下公園、噴水前! 遅れたら承知しないんだから!』
 電話の子機を通話に切り替えた瞬間、否応なくこれだ。聞こえるはずのない、擬音語でいうところの「キーィンン」という音さえ聞こえた気がする。
 そんな中何処かで安心している自分がいた。しばらく音沙汰が無いとは思っていたが、どうやら相変わらずのようだ。
「わかりました。ただし、言い出したからには遅刻しないように」
『さ、最善を尽くします……』
 そのあと、二言三言交わしただけで会話を終えた。
 ※ ※ ※
「ねぇ、私と結婚する気ない?」
「……また、ですか」
 ここは待ち合わせ場所の公園近くにある喫茶店。遅刻したお詫びにコーヒーでもと彼女に引っ張り込まれ、注文し終えたところでの一言だった。
 なかなか良い店だと思う。ダークブラウンを基調としたシックな内装は、白に金色のラインの入った食器も似合っている。給仕の統制もとれているし、こう、静かな感じが気に入った。
「だって、炊事・洗濯・掃除名人だなんて、主夫にはもってこいじゃない」
「では、君が働くというわけですか」
「まさかー。家事も勤労もあなたのシ・ゴ・ト!」
 一瞬の沈黙がテーブルを支配する。それを待っていたかのようにコーヒーが運ばれてきた。
「やぁねぇ、冗談に決まってるじゃないの」
 砂糖5杯にミルクポーション2個を入れ、彼女はそれをよくかき混ぜてガブリと飲んだ。
 冗談にしては真剣な目付きをしていたような……? 呆れてモノも言えない。
 そういえばあの時も、まさかその表現通りの場面を体験するとは思ってもみなかった。
 初めは高校二年の春、とある放課後のことだ。その日僕は、総会の準備で生徒会室へ向かっていた。
『ねぇ、そこ行く委員長さん』
 声に立ち止まり振り返ると、同じクラスの女生徒がいた。
 他にも廊下に人はいるが、自分を呼び止めた主は彼女だろう。そう思い、何の用かと問いかけた。
『私と結婚する気、ない?』
『……は?』
 いきなりのことに驚き、マジマジと見つめる。すると突然、彼女がケタケタと笑い始めた。大方僕の目が点にでもなっていたのだろう。それは笑われても何ら不思議ではないが、カチンと来るものがあった。
『ナンパなら、よそでしたらどうです?』
 言葉の内にイライラが含まれていることを察したのか否か、彼女は「ごめん」を二度言って謝る。本当に反省しているかは見ずとも分かった。
『でも、ナンパじゃなくて求婚みたいなもんよ』
『僕はまだ16ですよ。第一、未成年者は親の――』
 その先は、私だって知ってるからと遮られた。
 やっぱり委員長は面白いだの、私の目に狂いは無かっただの。独り言の多い彼女を尻目に腕時計を見る。――まずい、このままだと事前報告会に遅れる。
『用事があるからもう行きたいんだけど……』
『え? あ、うん。呼び止めてごめんね』
 謝るくらいなら呼び止めないでほしかったかもしれない。
 そうは思っても口には出さず、じゃあと行って生徒会室へ向かった。
 あの日以後、事ある毎に“求婚みたいなもの”をされ始めた。ある時は食事中に相席したとき、またある時は下校中に遠回りして。静かにしていなければいけない、校長先生の講話中にされた時はヒヤヒヤしたものだ。
 まぁ、なんだかんだと言っても、仲が良くなったのは確かだ。あの時のあのやり取りが無かったら、今のこの関係は無かったかもしれない。いや、無かったに違いない。
「何か、あったでしょう?」
 ピンと来るものがあり、そう聞く。これも長い付き合い故、かな。彼女は何も無いよと答えるが、そうは思えなかった。
「そういえば、さ。会ってない内に変な虫なんて付けてないでしょうね?」
 あくまで誤魔化し通したいのか、茶化すようなことを言う。それは彼女らしいと言えば彼女らしいことだが、妙な違和感を感じさせた。
 だから、最終手段として「本当に何も無い?」と視線だけで優しく問いかけてみる。
「あー……もう。付き合いが長くなると、隠し事も出来なくて嫌だねー」
 からかいの笑顔を苦虫を噛んだような笑いに変え、彼女はコクリと小さく頷いた。
 さっきの沈黙とは別の空白。ふと、窓の向こうへ目を向けると、園内は先ほどと変わらない賑わいぶりだった。
「何があったか聞かないの?」
「誰にだって、話したくないことというものはありますからね。話したくなったら言うなりサインを送るなりしてください、聞きますから」
 なるほどー、さすがは私の旦那様。そう言う彼女に、肩をすくめて見せることで「はいはい」と軽い相槌を打つ。
「うん、話したくなったら真っ先に言う。だから、その時は有給申請してでも付き合ってね
 スゥ……? 気が付けば僕のコーヒーはカップの底を見せていた。切りも良かったこともあり、会計を済ませて喫茶店を後にする。
「ところで、お嬢様。午後のご予定はもうお決めに?」
 彼女は腕を組んで、少し考える素振りを見せてから楽しそうに言葉を紡ぐ。
「このまま散歩でもしない? あ、その後、買い物して手料理をご馳走になるのも捨てがたいなぁ。それからそれから――」
 提案一つひとつに相槌を打ちつつ、彼女の斜め後ろを歩いていく。結局は作らされることになる、今晩の献立を考えながら。


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