(約3300字、7分)
雪降るその日の夜。少女は窓越しに空を眺め、ある人を待っていた。
クリスマスのお話です。童話をイメージして書いたつもりが、読み返してみると全然……。手元に改稿版はあるので、もう少しブラッシュアップしてから読み比べ用に別投稿しようと思っています。
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初稿:2007.12.27
【聖夜に来たる運び手は】
つい数時間前まで賑わっていた街に、今は雪だけが静かに舞っている。
窓の外には野良犬が1匹いるだけで、人影ひとつ見当たらない。――本当に静かな夜だ。
室内からそれを見ていた男は、今度は時計に目を向ける。
時刻は夜中の12時をもう少しで回るというところだった。
「さて……そろそろ行くか」
そう呟いた彼の格好は、首から下が黒尽くめであった。
まるで、これからどこかへ盗みにでも入るかのような。――そんな動きやすそうな衣服を纏っている。
不思議なことに、その両肩には赤と青の光が浮いていた。
「ぃよっ! 待ってました!」
言葉と共に、男の右肩に浮いていた赤い光が震え、瞬く。
「もう少し落ち着いたらどうですの?」
今度は男の左肩に浮いていた青い光が、言葉と共に震え、瞬いた。
◇ ◇ ◇
きぃ、と扉の開く音がした。
それが誰なのかは見なくても判っていたけれど、窓に向けていた顔を、私は部屋の入り口へと向けた。
「まだ眠れないの?」
その問いに、一度だけ頷きを返す。
そこにいたのは予想通り、ついさっき「おやすみ」と挨拶を交わした母だった。
「牛乳、温めたら飲む?」
この問いにも、一度だけ頷きを返す。
それを見て、母は扉を開けたままにして階段を下りて行った。
ベッドに起き上がった状態で、私はさっきと同じように窓の外を眺める。
空の雲は所々切れていて、はらはらと雪を降らせているのに明るい。
晴れた隙間から時々差す月の光を浴びると、雪がその白さを増して綺麗に見えた。
とん、とん、とん。
少しして、階段を上ってくる音の後に、母が部屋に戻って来た。
温かい牛乳の入ったマグカップを手渡してくれる。
「ありがとう」とお礼を言って、一口飲む。
熱過ぎず、ぬる過ぎず。それから、少しだけ甘くて美味しい。
「気になる気持ちは分かるけど、あんまり遅くまで起きてないのよ?」
「うん。ちゃんと寝るよ」
優しい笑みを浮かべて、母が頭を優しく撫でてくれる。
「お母さんはもう寝るけど、カップはそこに置いておいていいからね」
「わかった。おやすみなさい」
「おやすみ」
開いたままだった扉を閉めて、母は部屋を出て行った。
冷めない内に。と思い、少しずつではあるけれど牛乳を飲む。
手の中のカップは、空になってもまだほんのり温かかった。
(やっぱり、寝てないとサンタさんは来ないのかなぁ……)
ぼんやりと窓越しに空を見上げてみる。
サンタがプレゼントを乗せたソリを、トナカイに引かせていないかと期待して。
……もう寝よう。
そう決めて、空になったカップをベッド横のテーブルに置こうとして――止めた。
中身が水だったのならともかく、入っていたのは牛乳。
乾くとカピカピになってしまうから、水に浸けておくか軽く濯いでおいた方がいい。
少し前に、洗い物を手伝って学んだことだった。
部屋を出て、静かに階段を下りる。
それから居間を抜けて台所へ向かうと、流し台の桶に水が溜めてあった。
その水をすくい、くるくる回してからカップの中身を捨てる。
あとは桶にカップを沈めて、おしまい。
褒められるかな?
そんな期待を、ほんのちょっぴりだけ胸に、自室へと戻る。
カタン。
そろそろと階段を上がっている時、自分の部屋の方から音がした。
少しだけ、冷たい風が流れてくるのを感じる。
(私、窓……開けてない)
もしかして……?
ドキドキしつつ、扉の影から中を窺うと――窓辺に人影と、赤と青の光が見えた。
◇ ◇ ◇
「おかしいなぁ。この家のはずなんだけど……」
低く小さな声で男は呟く。
当惑の念が出ているような、出ていないような。
どちらとも言えない口調だった。
「なんだよ……。まーた開け損ってなぁ無し、だぜ?」
右肩の辺りに浮いていた赤い光が、瞬きながらゆらゆら宙を揺れた。
まるでガックリ来たというかのように、その色の鮮やかさがくすむ。
「間違いは間違い。――それでよろしいと思いますわ。これは元々、わたくし達の仕事じゃございませんもの」
青い光は静かに揺れて、男の左肩に下りた。
心なしか、その光が小さくなったように見える。
その間、男は紙をひたすら凝視していた。
どうやら何かのリストらしく、数枚を留めてある。
一番上のものを見る限り、各項目の下に小さな文字がびっしりと並んでいる。
おそらく、他の紙も同じように書かれているのだろう。
「初めの内ならまだしも、最後の最後で家を間違えるわけが……」
呟きながらも、ひとまずは、と窓を閉めた。
そうして、男はまた唸り始める。
光に目があるのかは分からないが、それを見た赤い光は男の許(もと)を離れる。
部屋を眺めるように飛び回り、そして扉が細く開いていることに気がついた。
◇ ◇ ◇
あれは誰だろう? サンタさんにしては、聞いていた格好と違う。
おっちょこちょいだと言うから、もしかしたら衣装を黒く染めちゃったのかな?
それに、あの光は何だろう? 宙に浮いているし、生き物みたいに動いてる。
窓辺の人が何か呟いているように見えた。
だから、聞き耳を立ててみたけれど、なんにも聞こえない。
諦めて逸らしていた顔を室内へと向けなおすと――
「こんばんは。……君がサンタにお願い事をした子だね?」
いつの間に移動したのか、すぐ近くに膝をついて屈んだ男の人がいた。
足音がしなかったとか、髭が生えていないとか、お爺ちゃんじゃないとか。
いろんなことを思ったけれど、“サンタ”の一言を聞いて、どの疑問も飛んでしまった。
「おじさん、サンタさんの知り合い?」
細くしか開いていなかった扉を開けて、そう聞いた。
私の言葉に、男の人はキョトンとした顔をする。
途端、その両肩に浮いていた赤と青の光が、震えながら瞬き始めた。
「……笑いすぎだ」
私は笑ってなんかいないのに、男の人は目を閉じてそう言った。
その顔は呆れているように見える。
開かれた目が私と合うと、呆れたような顔が困ったような顔になった。
もしかしたら、私は変な顔をしていたのかもしれない。
「ああ、君のことじゃないよ。こいつらのことさ」
両手の人差し指だけを立てて、顔の横に持っていく。
どうやら、両肩に浮いている赤と青の光を差しているらしい。
それでも、何が言いたいのかよく分からなかった。
「俺はサンタに頼まれてここに来たんだ。君の願いを叶えてほしいってね」
「……本当? 本当に叶えてくれるの?」
男の人は笑顔で頷いて、薄っぺらいものを私に差し出してくる。
それは綺麗な包装もリボンも付いていない、少し古びた、薄茶けた封筒だった。
私がおそるおそる受け取ると、男の人は立ち上がって窓辺に行く。
封筒の表には私と母の名前が。
裏には――行方知れずの父の名があった。
「お母さんと一緒に読めよ? 朝まで読むな、なんてことは言わないから」
声に顔を上げると、男の人は目を細めて笑っていた。
窓を開けて、もう一度私の方に振り返る。
「メリー・クリスマス。よい夜を……」
「あ――」
ここは二階だというのに、男の人は躊躇うことなく窓から飛び降りた。
転がるように窓辺へ駆け寄り、下を見る。
でも、そこには男の人も、赤と青の光もいなかった。
「……ありがとう、おじさん」
届くわけがないけど、お礼を口にした。
私は静かに窓を閉めて、寝ているはずの母の元へと向かった。
◇ ◇ ◇
家の中から、母を呼ぶ少女の声が聞こえる。
とても嬉しそうな響きが混じっていることに、男は笑みをこぼした。
「たまには、こういうのもいいですわね」
左肩の青い光が震え、瞬く。
それに応えるように、今度は右肩の赤い光が震え、瞬いた。
「最後まで“おじさん”だったけどな」
「……ほっとけ」
男が溜め息を吐く。
その白い息の周りを、赤と青の光がくるくると回り追いかける。
「そろそろ飽きたらどうだ?」
二つの光に向かって男は声をかけた。
「だって、この時期だけなんだぜ?」
「だって、この時期だけですもの!」
二つの声が綺麗にハモった。
その返答に男は軽く返事をして、歩き出す。
道無き道――空中を歩いていく男と二つの光を見る者はいない。
[了]
→あとがき
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